住居の強制撤去について

 政府権力による住民の強制退去というと、私が真っ先に思い浮かべる映像がある。南アフリカ共和国アパルトヘイトを扱った映画、『遠い夜明け』の冒頭シーンである。夜が明け始め、曙光の薄明かりの中、人々の生活の音が聞こえ出す。まだ暗い、青い背景の中で黒い人影が動き出す。黒人居住地のごく普通の、一日の始まり。そこへ、急に悲鳴と怒号が沸き起こり、人々が逃げ回り家屋が振動して倒壊していくシーンに変わる。何台ものブルドーザーが次々に家々を潰していく。…当時は白人政府によって、黒人は国内のわずかばかりの土地に「ホームランド」という居住権のある土地を指定され、それ以外の都市郊外の黒人スラム街は不法占拠ということで、たびたび強制退去させられた。映画のワンシーンそれ自体はフィクションだけれども、アパルトヘイトがあった頃、実際にこのような光景は幾度も繰り返されたろう。


 ホームレス支援者についての当方の意見に、mojimojiさんより丁寧な内容のTBをいただいた。国際人権規約に照らして自立支援センターは「十分な住居」と言い得ない、とするものだ。ただし、今回のエントリは私が引用したツジカドさんへの反論であって、

keya1984氏の記事そのものについては、必要なことを順番に述べていって、その後で言及することになると思う。今回はkeya氏の参照している記事の一部について取り上げる。

とのこと。なので、もう少し待ったほうがいいのかな…と思いつつ、少し時間も立ったので、気づく範囲内の事を述べたい。


 国際人権規約というものがあって、締結国には報告義務があること等を、今回はじめて知った。ホームレスの問題について、このような視点から考えたことがなかったので、その機会を与えていただいことに感謝したい。そこで、まず国際人権規約そのものについてであるが、
国際人権規約 | 外務省
そして今回の問題に直接関係してくるだろう件についての政府回答は、
http://www-mofa.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/kaito/26_30.html#29
このようなことになるだろう。なお、当該箇所における”一般的な性格を有する意見7のパラ4で定義されている「強制立ち退き」”とは、mojimojiさんが紹介されたこちら、
-‚V-
これらを突き合わせて、今回の問題を考えたい。


「十分/不十分な住居」への権利 - モジモジ君のブログ。みたいな。
 まず、こと今件に関して言えば、国際人権規約および一般的意見7に抵触するものではなく、今件に先立つ政府回答の枠内に収まるものであろう。なぜなら、こと今回は「公園を占有していた居住施設の撤去」だからである。締結国を見てみたが、たとえばニューヨークのセントラルパークでもいいし、ロンドンのハイドパークでもいいが、公園内でホームレスが居住施設を建てることを認めているだろうか? 私は、これら諸外国でも公園内にホームレスはいるだろうと思うけれど、国内法にせよ国際条約にせよ、一般的に公園内に居住権を認めて住居の建設を許可している例はないと思う。当たり前であろう、公園という土地に対してそのようなことを法的に認めれば、誰だって勝手に占有して自分の土地建物にしてしまうのだから。行き場のない人の、仮の居場所としてどこまで見過ごせるかは、あくまで公園管理者・公園利用者の許容度の範囲内にすぎまい。


 そもそも国際人権規約および一般的意見7で想定されているのは、ユダヤ人のゲットーを強制撤去させたこととか、南アのアパルトヘイトにまつわるそれだとか、アメリカの日系人強制収用とか、そういった過去の人類の過ちについて、同じようなことが繰り返されないための取り決めであろう。また、開発独裁の途上国にありがちな、再開発だとか都市美観を理由にした、一方的なスラム街の撤去(および貧民の追放)なども念頭にあるだろう。また、いわゆる先進国における、劣悪な居住環境の地区を再開発するための一時的な立ち退きと代替施設の提供という場合にも、どのような基準を目標にするべきか、そういう指針の提示ではないのか。社会権規約委員会が重視するところの「強制退去」とは、そうした事象に対してであるはずだが。


 つまり、自立支援センターにmojimojiさんが指摘するような固有の問題があるのであれば(この点については私は内実を知らないので、ひとまずmojimojiさんの当局への対応批判そのものには立ち入らないが)、それを当局とやりあったり広く人々に呼びかけたりするのはいいだろうけれども、納得できなかったからといって公園に戻ってテントや小屋を再建していいかといえば話は別のことだろうし、ましてや「公園に居住権が無いとは法を知らないものだ」「国際人権規約で謳われているぞ」というのは全く成り立たない理屈であろう。支援者批判への反批判としては(ことに一般市民への非難としては)、全く当を得ていないように思う。また、逆に、一部支援者の主張をホームレス全体のものと混同してホームレス批判になるのもいただけないが。


 なお、mojimojiさんのご意見を読む限りは、私は逆に「あれもこれも要求しすぎではないのか」と思われた。公園内のテントやバラックを撤去するなら市営住宅並みの住居を無賃で提供せよ…ということになってしまわないのだろうか。そんなことになると、低所得者向けの公営住宅に住んで家賃を払っている人々とは、逆に不平等になるのではないのだろうか。一般的意見7を自立支援センターに適用するのは間違っているとしか思えない。やはりどうも私には、支援者側の論理の一部に、反政府活動にホームレスを利用して焚きつけているだけなのではないかとの疑念が残る。*1


 それと、mojimojiさんもgood2ndさんも(および賛同者の一部も)、阪神大震災のことが念頭にありながら、なぜ「公園」の持っているもう一つの面に気づかないのだろうか。公園とは、都市災害(とりわけ火災)が起きたときの延焼防止地帯という面がある。また、ことに震災などでは、多くの住民の避難地でもある。その公園に、多くのバラックやテントが立っていて占有されていたら、もしものときのそうした機能が失われていることになるではないか。こうした点からも、国際人権規約は「公園内の居住権」など想定していないはずである。どこの国の公園であれ、公園にはこうした役割もあるであろうに。


■付記■
ŽÐ‰ïŒ ‹K–ñˆÏˆõ‰ïEÅIŠŒ©
 この「最終所見」について全体のトーンを見ると、同委員会は政治的に非常に偏った運営がなされているのではないかとの印象を持つ。ウトロ地区というのも私には初見であったので検索してみたが、ここで述べられていることと事情が異なりすぎてはいないか。朝鮮学校についても実際はこのような問題があるのに朝鮮学校 - Wikipedia朝鮮総連の主張そのままを採用して日本政府に是正を求めているが、どのような認識なのだろう。アジア女性基金のことについても、非常に一方的かつ極左的な主張である。米国の議会調査局の見解を紹介しつつ自身の見方を述べたmacskaさんのエントリmacska dot org » 米国外交当局の視点から見た「慰安婦」問題:議会調査局報告・解説と対比しても、同委員会の「最終所見」はあまりにも偏った意見だと思える。というか、まるでこれでは、国連内の韓国朝鮮ロビーが書いた反日声明文のようだ…


 人権規約委員会なる組織の性質はわからないが、この委員会は、どのような人たちから、どのような「報告」を受けてそれを採用しているのか、何だか不安になる。それにしても加盟国の中には、重大な差別や人権蹂躙を行っている中華人民共和国なども含まれていて、この条約や委員会はまともに機能しているのか、かなり疑問である。それにどうも同委員会が、日本そのものに対して偏見があるのではないか。日本国内から寄せられる情報について、反政府系の特定団体もしくは自国を「後進国だ」と決めてかかる欧米崇拝者の意見をのみ尊重しているのではないか。あるいは同委員会そのものが何らかの政治思想団体と化して各国固有の事情を無視した一方的な(欧米中心主義的な)要求をしているのであれば、日本政府は消極的反論にとどまらず、国連改革の方向性で是正につとめてほしい。そうではなくて、外交当局の消極的(あるいは怠慢的)な対応がもとで同委員会での判断が偏ってしまっているのであれば、外交当局はもっと積極的に国内事情の説明に努めるよう励んでほしいと感じた。


■付記2■
当エントリをアップ後、間髪入れずにmojimojiさんより反論(?)のTBをいただいた。
以下、簡潔にお答えしておこう。


1.「野宿者の公園居住は国際法的に容認されている」という風に主張がスライドしているが、野宿者の公園居住が国際法的に否認されているわけがない。だからと言って、「公園に居住権があるのにそれを知らないのは無知」「それは国際人権規約に抵触する」「その一般的規則7に照らして自立支援センターは不当」との主張、およびそれを受け入れるのが国民の義務であるかのような主張、それは誤りだと指摘したまでである。しかし自分たちの活動が当然のように実行している主張、とりわけ自分自身の常識にも強く合致する解釈が、国際法的に見て完全に間違っている、ということをすんなり受け入れるのは、多少難しいことと思う(というか、無理な話なのであろうことは理解しているつもりだ)。


2.緊急避難的な公園住まいについて寛容であったほうがいいこと、現代都市の中で家も身寄りも無い人が公園以外のどこへ身を寄せることができようかということは、私自身が再三述べていることである。mojimojiさんは、何を反論したつもりになっているのだろうか。それより、「野宿者は消えてなくなれ」と言う主張をしていると同然なのは、むしろmojimojiさんの論が内包している問題だと最初に指摘してあるのだが。


3.mojimojiさんが「今回の問題に関連するところ」として社会権規約委員会の最終所見から引用したところを見ると、mojimojiさん(たち?)の主張の背景がよく理解できるように思った。釜ヶ崎もウトロ地区も公園ではなかろう。今回の問題におけるmojimojiさんの国際法解釈が正しいことの根拠にも何にもなるまい。


4.なお、この箇所はまさしく同委員会の政治思想的な偏向をうかがわせる端的な部分である。「ホームレスをなくすため」とは何事か。ホームレスは常にいるものなのだ、ということを否定しているではないか。ホームレス根絶を基準にしてしまえば、およそどんな政策を取ろうが「不十分である。ホームレスがこんなに大量にいる」という判定しかできまい。見果てぬ共産主義社会建設を追い続けている委員でもいるのだろうか。また、ウトロ地区の立ち退き問題は、在日コリアンの不動産屋による在日住民への土地転がし(地上げ?)ではないか。民族差別でもなければ政府の責任でもない。これを問題視して日本政府に突きつけている問題については、先述のとおりであるのにこのような呈示をされても、特にそれ以上申し上げる気はない。


5.かような主張をしている活動家から、「今の3倍ホームレスのテントがあっても、都市災害時の心配は杞憂である。大丈夫」などと主観的なことを言われても、私はかえって心配になる。というか、公園に居住権があるんだとかいう話はどうなったのだろうか。居住権が公園にあるのであれば、どうやって「今の3倍くらいまでなら」という居住制限を課すことができるのだろう。法理も糞もなく支離滅裂である。


以上。

*1:ことに、廃材リサイクルを生業にしている人にとっては全く使えない施設だ…という箇所など、公園は廃材業を営むための敷地として用意された土地ではなかろうし、自立支援センターも廃材業者が商用で使えるように考えられていないのは当たり前ではないか。自立支援センターではそれができないから公園にテントを張ったほうがいいんだなどと、汗水たらして自分の店舗を構えたり何とか借り店舗で遣り繰りしている廃材業者が聞いたら何と思うだろう。