「マジョリティの価値観」(3)

前エントリの続きです。三部作最終回は人生篇〜

「巨人・大鵬・卵焼き」・・・あぁ、高度成長期。そんな時代に生を受けた、ここにひとりの少年がいました。彼はゲイでした。そして、その時分には、ずいぶんと肩身の狭い思いをすることが多かったのでした。そんな彼も大の巨人ファン。巨人戦を見ているときが、憩いのひとときでした。強い巨人とひとつになれた。彼の性癖など知らない友人たちとともに観戦、王や長嶋に声をからしながら大騒ぎ。彼は疎外されないひとときを、巨人ファンであることで得られたのでした。そんな彼の大好きな言葉は、幼い頃に読んだガリレオの伝記、その言葉「それでも、地球は動く」。難しいことを考えたのではありません、ただ子供心に、感動が忘れられなかったのです。彼にとって、ガリレオのこの言葉は、信念でもあり希望でもありました。


時は流れ、彼も老いました。ジェンダーフリー論争など、あれもずいぶんと昔のことのように思えました。彼はあちこちの小中学校などに、同性愛の差別があった時代のことの、その語り部として呼ばれるようになっていました。そんな彼は、ガリレオのことを話すのでした。そしてその言葉にどれほど支えられたかも。目を輝かせて聞く子供こそ少なかったけれど、それもまた良し、とも彼は思うのでした。地動説など当たり前になったように・・・


彼にとっての淋しさは、そんなことではありませんでした。もうこの時代、プロ野球もすっかり下火になってしまっていたからでした。巨人ファン?もちろん「ジャイアンツ」という名の、そのチームはありましたけど、それは「読売」ではありませんでした。なにしろ、「中央四大紙」なんていう言葉も死語になっておりまして、毎朝家庭に新聞が届くような制度も、すっかり昔話なのでありました。だから学校に呼ばれて昔話をするときにも、子供がシラケないよう、野球の話はしなかったのです。


しかし彼はあるとき、ある学校で話していて、ふと巨人戦の話をしたのです。あぁ、この話はしないでおこうと彼が思ったとき、講堂では「ヤキュウだって(笑)」「キョジンキョジン・・・」と囁く笑い声が広がったのでした。彼は熱いものがこみあげるような気持ちがして、つい、ほんの「つい」なのですが、熱弁を振るってしまいました。長嶋の引退式の言葉「わが巨人軍は永遠に不滅です!」、王の世界記録更新の、あのホームラン!!・・・あとで、先生方が申し訳なさそうに彼に謝ってくれましたが、「あまり差別と関係ない話は、ちょっと、その・・・」という言葉が胸に突き刺さりました。


彼は家に戻って、マイナーな有線チャンネルで巨人戦を見ていました。あれほど昂ぶったのは何だったのか?しかし静かな気持ちで、静かな試合を見ていました。そこで、彼はふと思ったのです。「それでも、野球は巨人」。頑なな気持ちでは、ありませんでした。